妻も辞めると言い出した
いきなりだが、妻も「仕事を辞めるつもりと上司に言った」と言い出した。
俺が仕事辞めたいと言い出してからいろいろ考えて自分もそうしようと思い至ったらしい。もちろん俺が資金的なシミュレーションの数字を見せて、2人辞めてもなんとかなるということを示して安心したらしい。というか、俺が辞めて好きなことをしそうというのを考えると自分も辞めたくなったとか。
いやぁ早いな。ちょっと前は「あと5年くらいで辞めるつもり」と言っていたのに。妻も仕事で人事上のごたごたがあったりして、嫌になったみたい。
幸いうちは夫婦仲は良いので、2人のんびり過ごすのも良い。自分一人だけで旅行とか行きまくるのも気が引けるしね。
「私は貯金○○くらいあるから」と初めて金額を教えてもらった。そんなに多いわけではないが、しばらく妻の小遣いはそこでまかなえるだろう。
そして、「もう少し家賃が安いところに引っ越そうか」とも言い出す。「通勤しないから少々不便なところになってもかまわないし。」すっかり頭の中は仕事を辞めた後のことになってそうである。
そういう自分はというと、仕事でいろいろやらないこととかも出てきて、「ここで辞めても良いのだろうか」と少々迷いも出てくるのだが、そんなことを言っているといつまで経っても辞められないしな。
そして最近、俳優、タレントさんなどが亡くなるニュースを見ると、その年齢が気になる。根津甚八さんは69歳、島木譲二さんは72歳。平均寿命に達しない年齢で亡くなる人ももちろん多い。自分の年齢とこれからの余命を考えると、やっぱりやりたいことは今のうちにやっておこうと思うのである。
セミリタイアを考える人はきちんとしてる人?
ふと思った。セミリタイアを考える人はきちんとしている人が多いのでは?と。
ここで言う「きちんとしている」とは、
- お金の管理ができる
- 自分の収入と支出を粗くでも把握している
- お金を増やそうと努力している
と言うことである。
まぁ当たり前と言われるかもしれないが、そもそもお金の管理ができてない人は、セミリタイアなんて考えることはないのだろうなと。
人によって、セミリタイアを考える動機は「お金は十分ある。貯まった。」とか「お金より自由・時間が欲しい」「とにかく働くより遊んで暮らしたい」など様々だろう。
お金もないのに仕事をしない人は単なる「何も考えてない人」「誰かにお金の面倒を見てもらおうと勝手に考えてる人」であり、無謀な人だと思う。単なる無職になりやすい。悪くするとしょうもない事件、事故を起こしたりしそう。
セミリタイア界隈のブログを見てると比較的独身の人が多いのかな?と思う。
独身の人は当然自分のお金は把握しているだろう。把握できない人、いつの間にかお金がなくなってる人はずっと自転車操業するしかない人である。
結婚している人・パートナーがいる人でセミリタイアを考えている人は、自分が世帯のお金を管理・把握しているか、パートナーに管理を任せているにしても、どう管理するかを整合できているのではないか?と思う。
そう考えてみると、パートナーがいてて自分がお金の管理をしてない人、すなわち自分はお小遣いだけをもらってるとか、給与明細を見ないとかいう人はセミリタイアなんか思いもしないのだろうな。まぁ悪くいうと家族にとってみれば、定年まで働き続ける金ヅルである。
セミリタイアを志向すると「働く気がないのか」「何か病んでしまったのか」などと思われそうな、後ろめたい気もなんとなくしてくる。ただ、上で考えたように、少なくとも将来的なことを考えているとか、お金の管理ができているとか、きちんとしているんだという面では自信を持って良いように思う。
セミリタイアを考えないとダメだとか、お小遣い制の人を揶揄する気持ちは全くない。バリバリ仕事をしたいんだという人はどんどんして欲しい。
セミリタイア志向の自分が時々後ろめたく感じてしまう時に、少し自信を持ちたいと思うだけである。
車を手放す予定
うちの車はすでに16年も同じ車に乗っている。最近は体調があまりよくないこともあり、ほとんど車に乗らなくなってしまった。1.5ヶ月ほど乗らなかったらとうとうバッテリーが上がってしまい、エンジンがかからなくなった。
あーあ。とりあえず義父に手伝ってもらって、エンジンをかけ、しばらく走ってみたものの、うちに帰ってエンジンをかけ直すともうかからなくなってしまっていた。
バッテリーを乗せ替えればまぁ乗れるわけだが、これを機に車を手放してしまおうかと思う。
そうすると車の維持費(車検代、税金、保険料、駐車場代)がかからなくなるので、生活の固定費を下げられる。
アーリーリタイアにも都合が良い。
オイコノミア:主夫というライフスタイル
ちょうど今NHKの「オイコノミア」という番組で「主夫というライフスタイル」をやっている。
うちはDINKS家庭であり、自分が辞めて妻が働くと、自分は主夫ということになる。
今までも料理・洗濯・掃除などそれなりにやっているので、家事作業はまぁある程度できる。それでも平日はほぼ妻の方が先に家に帰るので、毎日のように平日に帰ってきてから夕食を作っている状態である。そういう日々の中でほんのたまに自分が有休を取った日とか、妻が休日出勤で出かけた日に夕食を作って待っていると「家に帰るとご飯があるのっていいわー」としみじみと言う。そりゃそうだろうな。こっちは毎日ありがたいもの。
ということで、自分が会社を辞めると、「毎日帰ってきたら食事が準備されている」という点においては妻は喜ぶだろうな。まぁ今まで十年以上ご飯を作ってもらった身からするとそれくらいはしてあげようと思う。
もっとも、結婚当初から休日の食事と平日の朝食は自分の担当である。
今までもそれなりの働き(家事)はしてきたつもりである。
テレビで主夫になった理由は人それぞれいろいろとあり、病気・介護で主夫になった人もいると言っていた。そういう人も多いだろうと思う。何もなかったら働き続ける人が多いだろうから。
自分も病気になったから主夫にでもなろうかという口である。
上司に伝えたその後
以前、上司に伝えた時は時間切れとなってしまい、伝える以上の話し合いはできなかった。
そのためにその後もう一度話しをした。
ありがたいことに「仕事を辞めてしまうのは最後の手段であり、もったいない。それまでに病気を治すためにできることをまずやってみてはどうか?」と言ってもらった。
本当に今の時点で辞めてしまってもいいのかとか、辞めたら暇をもてあましすぎるのでは?という思いもわずかに残ってはいる。
そこでしばらく休みをもらえないかと提案した。もちろんその休みで病気が治る保証はどこにもないし、休むとますます仕事をする気がなくなりそうである。自分としては仕事をする気がなくなってもいっこうにかまわないのであるが、若干のソフトランディングの意味も込めて、まずは欠勤してみるということもありかなと思っている。
そしてそれは受け入れられそうである。
具体的にいつからと言う話しはまた別途となった。
健康と仕事
30代の頃には幸いにも何もなかったが、40歳を過ぎると体にあちこちひずみが出てくるなと実感する。長引きそうな病気になってしまったのもその一つである。
職場で立て続けに50代の人が病気をして入院をした。幸い1ヶ月ほどして退院した人もいれば、まだ入院している人もいる。それを見て「明日は我が身やな」という人。責任、ストレス、接待など、体にストレスをかける要因は増える一方。
あれ、ちょっと待って。体が壊れるまで働くの?
働かなくなった時は病気した時?
働くこと以外にやりたいことはないの?
との思いが湧いてきた。
もちろんは生きるためにはお金がいるから、働かないといけない、というのはある。
ただ、もし、しばらく働かなくてもなんとかなるお金が貯まっているのなら、仕事以外でやりたいことをやっておくのが必要があるのでは?と思う。定年になっても、体力、気力がもし落ちてて、やりたいこともできなくなってたら非常にもったいないと思うだろう。
だからこそ、ある程度お金が貯まったら、好きなことをやってみたいと思うようにやったのである。
例えば、60歳までに年に1回は海外旅行に行きたいと思うと、自分はあと15回しかないのである。意外に少なくない?
好きなアーティストのライブ、自分より年上の人のライブが見れるのはあと何年あるのだろう?
いつまで自分は本が読めるのだろう?
そう思うと、居ても立っても居られなくなってきた。
会社勤めをしていると 「定年までずっと働かないと」という思考にとらわれがちだが、セミリタイアは仕事からの逃げではなく、積極的な人生の選択だと思いたい。
会社員以外の世界
街ブラの番組が好きでよく見る。例えば、「モヤモヤさまぁ〜ず2」だったり、関西だと「よ〜いドン!」の「となりの人間国宝さん」のコーナーというのがある。こういうのを見ると、いろんなことをやってるなーとか、すごい人生だなぁと思ったりして、おもしろい。
こういうのには会社員はほぼ出てこない。なぜなら、会社員は会社の中で仕事しているので、街ブラでは引っかからないから。工場でものを作ったり、営業でお客さんを回ったり、会社の中で事務仕事してたり。集団で仕事しているというのもあるだろうし、テレビのようなものと付き合ってる余裕がないからだろう。
会社員をしていると、会社員という人生が当たり前だと思いがちだが、そうじゃない人生もたくさんあるということに気づける番組である。そんな意味でも好きな番組である。
このような番組に出ている人は自分のやりたいことをやってるから充実しているように見える。
もちろん、会社員でも充実している人も多いだろうし、会社員をやることの良さもたくさんある。ただ、自分の人生を考えた時に、会社員以外のことをやってみるチャンスがあるなら、それもまた楽しかろうと思うのである。