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アーリーリタイアを目指すブログ

資産的にはアーリーリタイアできそう。さてどうするか?と考えるブログ

いよいよカウントダウン

先日、「そろそろ上司にいつ言おうか」と書いたが、ちょうど上司と話しをするタイミングがあったので、正式に伝えた。

最終出社日は8月の夏休み前とした。今まで何回か伝えていたので「続けて欲しいけどなー」と言いつつも了承してもらえた。

これで働くのもあと3ヶ月ということが確定した。

 

今日近くのショッピングモールに午前中にふらっと寄った。まだ午前中なのでお客さんが少なくのんびりしている。会社を辞めたら平日の空いてる時にぶらぶらモールとかに来れるんだろうなと想像する。

働いていると、人生の8割くらいは会社に行って、仕事のことばかり考えているので、他のことをする時間があまりない。

仕事を辞めたら何をしようかなといろいろ夢想する。

今まで行ったことのない、いろんなお店とか街に行ったり、今までほとんど買わない食べ物を買ってみたりとか、そんな些細なことでも頭の刺激になるだろうから、そういうこともしようと思う。

今のうちにやりたいことリストを作っておこう。

 

 

異動後1か月の状況

さて、4月に異動してから1ヶ月が経った。

ブログも1ヶ月ぶりの更新となってしまった。

新しい部署は、それまでの部署に比べるとそれほど仕事に追い立てられるようなことがないので、以前に比べると楽ちんである。もちろん前の部署を離れた若干の寂しさを感じたりもするが、もうそれは過ぎたことだ。

前の部署は毎日1、2時間程度の残業は当たり前だったが、今の部署では残業なしか1時間程度の残業で帰れるくらいの仕事量である。そういう面でもだいぶ状況が変わった。

仕事の内容も結構変わったので、それに慣れるのに必死の1ヶ月だった。

体調の方は相変わらず。西洋医学では治せないと医者が言うので、東洋医学の鍼治療を4月から受けているところ。これで体調が良くなると良いのだが。

妻も4月から部署が異動となり新しい仕事に慣れるのに今は忙しい時期。そのため自分の方が早く帰ってくることも多いので、自分が夕食作ったり、洗濯したりなどしている。

会社を辞めようと考えている、8月か9月まであと3ヶ月程度。ぼちぼちいつ頃正式に上司に退職の日程を伝えるかを考え始めている。

まだ辞める実感はないが、もうこれ以上今の職場にいようという気もさらさらなくなっている。

以上、この1ヶ月の状況でした。

「仕事なんか生きがいにするな」を読了

以前に記事にした「仕事なんか生きがいにするな」という本を本屋で見つけ、ちょうど今の自分の気持ちに合う本だったので買って読んでみた。

全体的に納得できる内容だったし、参考になった。

どういうことが書かれているかというと、

 「働く」ということが大部分の人にとって「仕事」という「道具や作品のようなものを生み出す行為」ではなく、「労働」という「生命や生活の維持のために、必要に迫られて行うような作業」になってしまっている。それなのにこの「労働」を賛美するような労働教に囚われていると。

一方これらのどれよりも大切なこととして「観照生活」という「自然や宇宙の真理を感じ取るべく、静かにそれと向き合う生活」があるとのこと。

どうすることかというと「『心=身体』が様々なことを味わい、喜ぶこと」とか「日常に遊びを取り戻す」とか「料理や食を大切にする」とか「日常の中で、あえて無計画、無目的に自分の行動を即興に委ねて変えてみる」とかをするのが良いらしい。

 

頭では「世間体などいろいろ考えると働くのが普通でしょ」と考えたりするのだが、身体に不調を来した今の状態では、身体のことを考えて無理して働くべきではないと考える。

仕事を辞めて何をするのか?好きなことをしていたい。あちこちに旅行に行きたい。行きたいところはたくさんある。外国語に興味があるから、興味のある外国語を勉強してみたい。

いつかどこかで働いてみようとなったら、そういう気持ちを抑える理由はない。

 

最後には

「心」の向くまま気の向くまま気軽にやってみる。気が向かなければやらない。「継続」などと堅苦しく考えたりせず、ただ壮大な人生の暇つぶしとして「遊ぶ」のです。

とある。

今の自分の背中を押してくれるような文章である。

 

 

gongon77.hatenadiary.jp

 

セミリタイア時の仕事を考える:おっさんレンタル

何かで聞いたことがあったので、ネットで検索してみた。「おっさんレンタル」

あったあった、これだこれ。

ossanrental.thebase.in

 

セミリタイアした後に何かしようとした時に、これもいいなと思った。

アルバイトのような時間が拘束されて誰かに指示されるような仕事よりは、短時間だけの関係の頼まれ仕事のようなものが良い。

年齢的にも条件内だし、セミリタイアしてたら暇をもてあましてそうだし、話し好きというよりは聞き好きの方だし、怒らないし、パソコンとか技術系に詳しくてそういうのがよくわからない人に教えるのはまぁまぁ得意だろうと思うし、いけるんじゃないか?と思う。

自分としてはお金を稼ぎたいというよりは、(持て余す?)時間を何かに使いたいし、人の役に立てたらうれしいからそういう活動をしたい。

ネットで調べてみると、採用されるための面接があって結構厳しいらしい(?)のと、主宰者に月1万円の上納金がいるみたい。

 

本当に仕事を辞めたら考えてみよう。

 

 

「仕事なんか生きがいにするな」の著者の話し(日経ビジネスオンライン)

日経ビジネスオンライン2007/3/7号の記事に表記の本の著者のインタビュー記事があった。

著者は泉谷閑示さんという精神科医で著作も多数あるとのこと。

記事の中になるほどと思うことと、共感することが多数あった。

頭も心も同じようなものだろうと思っている人は少なくないと思いますが、それは間違いです。「頭」とは理性の場であり、一方の「心」は感情や欲求、感性、直観の場で、「身体」と分かち難くつながっています。例えば「頭」は仕事を進めるための情報処理を行い、過去を分析したり、未来を予測したりします。それに対して「心」は野生原理の感情や欲求の場ですから、仕事はしないで「休みたい」とか「眠りたい」「遊びたい」とかいう欲求を抱えていたりします。

 本来、動物は「身体」と連携した「心」のみでできているのですが、近代以降の人間は、「頭(理性)」が思い上がって「心」の出した結論を軽視し却下しがちなのです。「頭」が「心」の欲求に常に「フタ」をしてしまっているのです。「頭」が「心」を強力にコントロールしようとしているわけですね。これでは、うつ病などの精神的な病気を引き起こしてしまうのも仕方のないことです。

心と身体はつながっているというのは、自分の体験とかメンタルを崩した人とかみても、わかる気がする。心の調子が悪い時には身体のどこかにも悪い症状がでてたりするし、その逆もある。というかどちらにもなんらかの影響が出ていそう。

それと頭で「仕事したくない」「仕事はしたい」と思う感覚は独立しているように感じる。

 

 精神的に追い詰められた方々の原因を大別すると、「本人側」に原因がある場合と、その人が属している「環境側」に原因がある場合があります。本人側に問題がある場合は、たとえ勤務する会社を変えたところでいずれ同じ行き詰まりが生じるため、精神療法を通じて本人が抱えている問題の解消に努めていくことが不可欠になります。しかし、会社の体質や仕事の内容、上司との関係など、環境に原因がある場合は、さきほど申し上げたように、その人が本当に何をしたいのかをしっかりと突き詰めたうえで、転職したり独立起業したりすることも視野に入れるべきでしょう。

確かにどちらかによって治し方は違うだろうな。人によってどちらが原因かわからない場合もありそう。

  • 「大通り」を行くだけが人生ではない
  • 「自分は自分、人は人」という前提を忘れない
  • 「自分と仲たがいするより、世界と仲たがいすることを選ぶ」

という章のタイトル

そうした方々は、企業が売り上げや利益を出すためといった「意義」をひたすら追求する“労働教”に疲弊してしまっているのです。

ぞんざいに「心=身体」を無視し続けると、いずれ“自爆テロ”を起こされるのがオチです。我々の「心=身体」は決してでたらめではありません。現代人は「心」をあまりに軽視し過ぎです。本来は「心」が社長で、「頭」はその秘書に過ぎないはずが、どうにも関係が逆転してしまっていて、秘書である「頭」が独裁者になり社長に「黙れ」とやっている。それが現代人の不幸の原因なのです。

 現代人は、もはやハングリーに働かなくてもさすがに死ぬほどのことにはならないのに、「働くことこそ生きること」という“労働教”にいまだに洗脳されたままなのです。戦後すぐの時代の人々がハングリーに働くことが不可欠だったのは事実ですが、今はもう、そういう時代ではありません。にもかかわらず、日本人は「ハングリーモード」のスイッチを戻せなくなってしまっている。生きる手段に過ぎなかった「ハングリーに働くこと」自体が、自己目的化してしまっているのです。もっと一人ひとりが「生きる意味」を大切に生きてもよいのではないでしょうか。

 むしろ、「あの人は社会から落伍した」とか、「負け組だ」などと世間から思われるのが、多くの人は嫌なのだと思うのです。「ムラ社会」の発想から抜けていないのです。辞めるときに同僚から「馬鹿だな」と言われたら、「馬鹿でーす!」と開き直ってもよいのではないでしょうか。世間的にうまくいっていると見られている人も、いつかは落伍するかもしれないし、それが人生でしょう。そして、誰でもいつかは必ず死ぬわけです。世間に振り回されている人が、最後に一番馬鹿を見るのではないでしょうか。「心」が本当にやりたいことをやらない人生なんて、後悔してもし切れません。

 みんなもっと「キリギリス」になった方がよいのではないかと私は思うのです。「アリ」のように未来のためにコツコツと働いているだけでは、「今を生きる」前に死んでしまいます。

などと多くの部分を引用したくなってしまう。

精神的に弱ってる人、セミリタイアを夢見る人、働くことが当たり前と思っている人など、いろんな人に読んでもらいたい文章だと思った。

そして自分もこれらの言葉に勇気づけられて、人がなんと言おうが自分のやりたいようにやっていこうと思った。

 

日経ビジネスオンラインの記事

“労働教”から離脱し、キリギリスとして生きよ:日経ビジネスオンライン

 

 

 

新しい上司との面談、カウントダウンへ!?

4月から異動する先の部署の上司と面談をした。4月からの担当業務はこう考えているとか、そういう話し。

そこで、自分の体の状況とそんなに長く働くつもりがないことを話す。「今の上司から何も聞いてないよー。」なんて言いつつも理解ある人で自分の思いを受け止めてもらった。

「俺は医者じゃないし、体のことは本人しかわからないからね。で、いつまでのつもり?」

と聞かれて「まぁ半年ですね。」と答えた。

じゃあ業務の割り振りは見直さないと…ということでいったん話し合いは終わり。

 

さて、これで退職までの期限もあと半年とカウントダウンが始まったか!?

 

いざ仕事を辞めるとなると、さすがにいろいろと不安は出てくる。でも何事も変化があれば不安はあるだろう。

金銭的なシミュレーションはある程度してるし、仕事辞めてからやりたいこともまぁいくつかは考えてるし、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。

 

 

異動情報解禁

4月からの異動情報が先週解禁になった。

私の情報は多くの人には驚きを持って迎えられたようだ。そりゃそうだよな。自分でもびっくりだもん。

さすがに今の自分は異動することは半分程度は気分的に受け入れているので落ち着いたものだ。(あとの半分は受け入れてないってことか?)

ありがたいことに「残念です」とか「寂しいです」とか言ってくれる人も何人かいる。

でも多くの人からは特に声をかけられることもなく…。まぁ話しかけにくいのかもしれないけど、どう思ってるのか知りたいよね。

そうは言いながらも、自分でさえ他の異動する人に話しかけたりしてないのたからお互い様である。

新しい部署で何をするのか、ぼんやりはわかるけど具体的にはまだわからないという不安。

そして何よりも「自分は早く仕事辞めたいんだよなー」という思いもあり、複雑な心境のままあと1ヶ月ほど過ごしそう。